Quantcast
Channel: 神主の独り言 Part2
Viewing all 296 articles
Browse latest View live

奇跡が起こった\(^o^)/

$
0
0

スマホで撮ったんでイマイチの画像ですがご勘弁を!

 

そうなんです!

実に68年ぶりの大接近!次に近づくのは36年だとか!!

 

ウルトラスーパームーンでございます。

今日は全国的に雨や曇りで、北海道東北の一部でしか見られないのではというこの月を、家の前で見る事が出来ました(^O^)/

 

今日は北國新聞文化センター小松教室の講師の日でした。

風邪のひき始めで、鼻水鼻づまりの講師でございましたが、間借りなりに講座を終えて、帰り里に「体力をつけねば!」と、いつもの餃子の王将小松店で、レバニラを食べてから帰宅!

 

途中、月の輪郭こそは見えないけど、ぼや~っと薄明るいので、淡い期待を抱きながら帰宅し、車庫に車を入れて見上げるとそこに!!!!!!

 

あわてて、スマホをカメラモードにし、いくつか撮った後で「あっ!露出調整せねば!」・・・と、暗くして撮ったらこんな感じで撮る事が出来ました(^_-)-☆

 

奇跡の一枚です!

 

何かいいことあるかなぁ~・・・・・


神社庁加賀支部参宮旅行(第一日)

$
0
0

今年も石川県神社庁加賀支部で、伊勢神宮新穀感謝祭の旅行に行って参りました。

毎年11月から12月にかけて、伊勢神宮崇敬会の主催によります新穀感謝祭が、各県の参宮団を迎えて行われています。

加賀支部では以前より、崇敬会の定めた参拝日に合わせての旅行を、2泊3日若しくは1泊2日の日程で毎年行っています。今年は11月16日~17日の1泊2日として行い、伊勢神宮の他は大阪方面に出向き、石切劔箭神社と住吉大社を参拝しました。

 

54名の参加者で、我々の乗る2号車は当社から出発しますが、加賀市内数カ所で参加者を集めて参りますので、出発は午前6時!先ずは私を含め5名の参加者で出発しました。

朝7時半には北陸道南条SAにて2台のバスが集合します。ほぼ予定通り南条SAを出ましたが、直ぐに滋賀県内で事故情報、つづいて竜王IC~栗東ICの通行止め情報が入り、大坂方面に向かうのに最適なルートを判断して、敦賀ICで降りて湖西道路で行く事に!(到着が30分ほど遅延する予定)

最近は高速道路じゃなくても、あっちこっちに道の駅ができていて、トイレ休憩は大丈夫です!この日も「道の駅 藤樹の里あどがわ」で休憩。藤樹の里ってのは、江戸時代の儒学者中江藤樹の出生地だからで、近くには中江藤樹を御祭神とした「藤樹神社」もあります。

 

・・・てなわけで、予定を30分ほど遅れて、東大阪市の石切劔箭神社に到着。

立派な神門です!

なんか鳥居と社殿の間で、人が回ってますね!

石切劔箭神社は地元では「石切さん」と呼ばれ、「でんぼの神さん」として親しまれています。「でんぼ」とは「できもの」の事で、今では癌封じの御利益があるとされています。

参拝者は、ここでお百度を踏んでからご社殿でお参りする習わしになっているそうです。(我々は回りませんでしたが・・・(笑))

ご社殿で正式参拝をします。

大阪ですので、浪速神楽も奉納され、式神楽が舞われました。

ここには小松天満宮の御子息の北畠さんも奉職しており、奥様と共に写真を撮らせて頂きました。

まあ、学生時代から一時、神道青年会の加賀小松の事業に一緒に奉仕したり、楽しく懇親したりしてましたので、旧知の仲間であります!

 

石切さんを後に大阪市内に入り、大阪城にほど近い中華料理の名店「東天紅」で昼食。

20階ということで、大阪城の眺めを期待しましたが、案内されたお部屋は反対側で・・・・・。

まあ、美味しい中華を堪能しました。(山椒のピリッと効いた麻婆豆腐が美味しかった(^^♪)

 

食事の後は住吉大社を参拝します。

住吉大社と言えばこの太鼓橋ですね!

結構急なんですが、皆さん登ってましたよ!!

国宝の御本殿は4殿あります。

奥から第一本宮、第二本宮、第三本宮、そして第三本宮の右隣に第四本宮があります。

 

本宮の奥にひときわ賑やかな末社「楠珺社(なんくんしゃ)」というお稲荷さんがあります。

毎月最初の辰の日にお参りする「初辰まいり」で賑わうそうで、毎月頂く「招福猫」を48体集めて満願成就となるそうです。

 

大阪を離れて一路鳥羽へ!

この日の宿泊は、「鳥羽シーサイドホテル」

ウィキペディアで調べると、客室数211室、収容人数1141名の巨大ホテルです!

もう何度も泊まっていますが、大きなくつろげるお風呂が3箇所もあって、3箇所とも入って来ましたよ!

夕食はこんな感じ

部屋からの眺めはこんな感じ

 

さて、つづきは後ほど

 

神社庁加賀支部参宮旅行(第二日)

$
0
0

続きです!

 

17日は私どもの伊勢神宮新穀感謝参拝です。

鳥羽シーサイドホテルを8:00に出発し、先ずは外宮の御垣内参拝を致します。

外宮火除橋前で伊勢神宮崇敬会より説明を受けて進みます。

画像はありませんが、橋を渡った左側の手水舎で手水を取り、先の鳥居前で神宮神職より御塩のお祓いを受けます。

御正殿玉垣内に進んで揃って拝礼します。

つい先月、外宮神嘗祭のご奉仕をさせて頂きましたが、奉仕日に続いてこの日も晴天に恵まれた参拝をさせて頂きました。

http://ameblo.jp/yama-hakusan/entry-12217825687.html

 

退出の後、多賀宮へ向かう参道入り口にて、多賀宮の遥拝をして戻ります。

勾玉池の舞楽舞台と後ろはせんぐう館です。

 

バスに戻って内宮に向かいます。

宇治橋前で崇敬会の説明を受けてから進みます。

外宮と同じように、火除橋を渡って右の手水舎で手水を取り、先の鳥居前で御塩のお祓いを受けて進みます。

まず、御正宮の玉垣内にて参拝。

帰りに荒祭宮の遥拝をします。

神楽殿に戻って、次の御神楽奉仕を待ちます。

この日の御神楽は、大和舞、人長舞につづいて舞楽胡飲酒が奉納されました。

 

内宮参拝の後もバスにいったん戻って、神宮会館で直会です。

・・・で、あとは出発の午後2時までおはらい町等を散策します。

 

今の寒い時期しか食べられない、「赤福ぜんざい」を頂きました。

今年はいつになく2日間ともいいお天気で進める事が出来ました。以前は加賀支部で毎年バス3台ほどで伺っていた参宮旅行。例年参加される方も多いのですが、高齢となって参加される方も少なくないです。

来年はもっと多くのご参加を頂く為、日程立ち寄り地を検討して参りますので、また来年のご参加をお待ち致します。

 

では!

 

山祭り

$
0
0

12月9日は山祭りの日と云われ、林業・鉱業・木工業などの山に携わる方々が、山の神を祀り仕事は休む日とされて来ました。

・・・と言っても、全国的なものではなくて、石川県、福井県、富山県の一部での習慣のようです。

 

本日は、山中温泉奥の採石場での山祭りをご奉仕して参りました。

祭事の画像はありませんので、Google画像を!

加賀市には採石場が幾つかありましたが、今稼働しているのは此処くらいなのかなぁ・・・?

不確かですが・・・

今、加賀市内では、加賀温泉駅周辺を中心に、北陸新幹線の延伸工事が始まり、砕石が大量に必要となり、ここの採石場もフル稼働のようです!

毎朝早くから、うちの神社の前のバイパスを、砕石を積んだダンプカーがひっきりなしに往復しています。

山祭りと言っても、休んでいる暇はなさそうです・・・・・。

 

あっ!

山祭りの説明がまだでした。

前述したように、北陸の一部地域で行われている山祭りは、毎年12月9日の山の神さまが降りてこられると言われる日に行う習わしになっております。おそらくはこの日に山仕舞いをしたんじゃないかを思いますが、山で生計を立てている人が、山への感謝を捧げる日であると言えます。
仕事は休んで、道具の手入れをし、神祭りの後の直会をして、御馳走を頂き酒を酌み交わすというような事が行われていたと言います。

 

山祭りに対する田の神祭りですが、これは12月5日に行われます。奥能登で行われる「あえのこと」が代表的な田の神祭りで、田畑の仕事を終える日に田んぼに田の神さまを迎えに行き、家の床の間でひと冬をお過ごし頂くというもので、神様を迎えた家では、目には見えない神様に、贅を尽くしたおもてなしをし、お風呂まで準備します。

翌年の2月9日まで家にお泊り頂いたあと、田にお送りして田畑の仕事が始まります。

山祭りにも春のお祭りがあるようで、田の神祭りよりひと月後の3月9日とされているようです。

 

山祭りはほとんど行われなくなった神事ですが、24時間365日休みの感じられない現代の流れの中、ふと大自然の摂理の中で生かされて生きている事に感謝し、手を止め足を止めて、心清らかに過ごす日があっても良いのではないでしょうか?

 

小正月の1月15日は左義長祭です!(しめ飾りとしめ縄について)

$
0
0

実に一カ月ぶりのBlog更新ですが・・・・・

 

毎年1月15日の小正月には、伝統行事としての左義長祭が斎行され、昨年一年家の神棚にお祀りされた古い御札や縁起物、お正月のしめ飾りなどをお祓いし、神社で受けた淨火でお焚き上げします。

 

地域によっては、お世話をする方の都合などで、それに近い日曜日などに行っていますが、本来は小正月に行われる伝統行事なのです。

 

その起源は諸説ありますが、平安時代の宮中行事に端を発するものであります。

Wikipedia抜粋

起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。当時の貴族の正月遊びに「毬杖(ぎっちょう)」という杖で毬をホッケーのように打ち合うもの(「打毬」)があり、小正月1月15日)に宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖3本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり[1]、その年の吉凶などを占ったとされる。すなわち、山科家などから進献された葉竹を束ねたものを清涼殿東庭にたて、そのうえに扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付け、陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。『故実拾要』によれば、まず烏帽子素襖を着た陰陽師大黒が庭の中央に立って囃をし、ついで上下を着た大黒2人が笹の枝に白紙を切り下げたのを持ち、立ち向かって囃をし、ついでの面をかぶった童子1人が金銀で左巻に画いた短い棒を持って舞い、ついで面をかぶり赤い頭をかぶった童子2人が大鼓を持って舞い、ついで金の立烏帽子に大口袴を着て小さい鞨鼓を前に懸け、打ち鳴らしながら舞い、また半上下を着たものが笛、小鼓で打ち囃す。毬杖(ぎっちょう)3本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。

 

左義長祭当日に先立って、焼納物を拝殿前の箱に納めて行かれる方も増えて来ましたが、少々勘違いをされている方もおられるようですので、ご説明させて頂きます。

それは、しめ縄としめ飾りです。

しめ縄(注連縄)は神社の前や、地鎮祭などの臨時祭場の囲いに用いられます。此れより内は清浄であるという結界を意味します。ご家庭の神棚用のものも一般に売られていて、新年を迎えるにあたり新しいものと取り換えるお宅も多いように思います。

しめ飾りはお正月に各家に迎える「年神(歳神)さま」をお迎えするために、家の門口に飾ります。門松も同じように歳神様をお迎えするものです。いわゆるお正月の期間を「松の内」と言うのは、門松が飾られている機関という意味です。

 

年神とは・・・Wikipedia抜粋・・・

「来方神」

毎年正月に各家にやってくる来方神である。地方によってはお歳徳(とんど)さん、正月様、恵方神、大年神(大歳神)、年殿、トシドン、年爺さん、若年さんなどとも呼ばれる。

現在でも残る正月の飾り物は、元々年神を迎えるためのものである。門松は年神が来訪するための依代であり、鏡餅は年神への供え物であった[1]。各家で年神棚・恵方棚などと呼ばれる棚を作り、そこに年神への供え物を供えた。

「穀物神」

「年」は稲の実りのことで、穀物神である。本居宣長は「登志とは穀のことなり、其は神の御霊以て、田に成して、天皇に寄奉賜ふゆえに云り、田より寄すと云こころにて、穀を登志とはいうなり」と述べ、穀物、農耕神であるとした。

信仰の根底にあるのは、穀物の死と再生である。古代日本で農耕が発達するにつれて、年の始めにその年の豊作が祈念されるようになり、それが年神を祀る行事となって正月の中心行事となっていった。

「祖霊」

また一方で、年神は家を守ってくれる祖先の霊、祖霊として祀られている地方もある。農作を守護する神と家を守護する祖霊が同一視されたため、また、田の神も祖霊も山から降りてくるとされていたためである。

(補足)

「お正月の鏡餅が年神様へのお供え物である・・・」とありますが、お供え物であると共に、年神様の依り代であり、お正月の期間に年神様のいらっしゃった鏡餅を家族で頂く事により、一年を健康に暮らせるとされています。鏡餅は家族みんなで頂きましょう!

 

焼納物の中にこれらのしめ縄やしめ飾りも納められているのですが・・・・・

しめ飾り

しめ縄

・・・・・

?????

下のしめ縄はまだ青々とした新しいものです。一年間神棚前にあったものとは思えません!!

 

そうなんです!

しめ飾りとしめ縄の意味をごっちゃにされている方がいるのでは?という事が推測されるのです!!

しめ飾りは、お正月に迎える歳神様がいらっしゃる間に飾るものですから、お正月が過ぎたら外してお焚き上げします。

しめ縄は、神棚の前に設置し、これより奥の神棚(御神符)が清浄であることの境(一種の結界)ですから、時期を問わずに掛けておくものであり、新しい年を迎える際に取り換えるものです。

しめ飾りとしめ縄をごっちゃに考えてませんか?

 

休み無しの一ヶ月を無事終了しました(^_^)v

$
0
0

昨12月15日より町内の御神符頒布を21日までご奉仕し、その後の年末は社務所や社殿の清掃と新年を迎える準備を続け、正月三が日は初祈祷のご奉仕、4日5日は仕事始めのご祈祷などご奉仕して、6日は片付け等で頑張り、1月7日から町内の家祓いを13日までご奉仕して、14日は左義長祭の諸準備、15日の小正月には左義長祭を無事に終えて、今朝早くに残灰を片付けて漸く落ち着きました。

 

例年の事ですが、年末年始のバタバタを終えて、今日は少しゆっくりさせて頂きました。

・・・午後3時に厄祓いのご奉仕はありましたが・・・

 

朝の残灰の片付けの後、日課の朝湯へ行って、灰まみれの身体を流し、ゆーっくり疲れを癒した後は・・・・・。

 

「今日しかない!!」・・・と思い立って、本宮の白山比咩神社を参拝して参りました。

山中温泉辺りよりは多いですが、例年から見ると飛ぬけて少ない積雪です。

 

 

祈祷受付と控室の雄神殿には、「澄神以凝虚」(神を澄まして以て虚を凝らす)の額があります。

神は心であり、心を清浄に澄ますことで、神意にかない、心が定まり落ち着いて行動を起こす事が出来ます。

 

白山比咩神社には昭和63年4月から平成13年1月まで奉職いたしておりましたが、若気の至りというか、諸事ご面倒をおかけし、しかしながら今に繋がるたくさんの勉強をさせて頂きました。

この歳になって、漸く森羅万象に神意を感じ、何事にもありがたいと感じられるようになってまいりました。

 

24時間365日の喧騒の世の中

偶には神社でお祓いを受けて、リフレッシュしては如何でしょうか?

 

平成29年節分祭

$
0
0

昨日は節分!

当社でも節分祭を行い、地元の還暦の方々によって豆まきが行われました。
しかし、今年は雪の無い冬でしたねぇ・・・(まだ降るとは思いますが・・・)
今年の境内です。
去年の1月25日の境内です。
 
節分祭は、還暦会(今年は酉戌会)の方々はじめ、氏子総代、町内の氏子の方々約60名ほどが参列されて行われます。
普段は長椅子と胡床でに掛けて頂くようにしておりますが、節分祭のこの時だけは多くの人が来られるのと、椅子が邪魔になりますので、拝殿には円座を敷いて準備します。
後方には長椅子を置いて、足の悪い方に配慮しております。
 
豆まきをご奉仕頂く還暦の会の方々は、この夜は地元旅館で直会(宴会)をされるのですが、その際に山中温泉の芸妓さんをお呼びしていたようで、豆まきには芸妓の「小乃葉」さんと「きよ乃」さんが参加されました。
京都の方では早くから豆まきに舞妓さんや芸妓さんが参加されており、近年は金沢の宇多須神社でも、金沢のひがし芸妓さんが豆まきをされています。
山中でも以前は「小乃葉」さんの他に「小寿々」さん「小福」さんと若手芸妓の三名が居た頃には、還暦の会の方々の計らいで一緒に奉仕していた時期がありますが、お二人が芸妓を辞めてから芸妓さんのご奉仕はありませんでした。
 
還暦の会長副会長には裃を着て頂き、他の会員は小忌衣(おみごろも)。
芸妓さんも黒留袖で、清楚な中にも華やかに豆まきをご奉仕頂きました。
 

神棚一考・・・

$
0
0
本日は平日の仏滅の日で、特にご参拝の予定も入りませんでしたので、社務の方はお休みさせて頂いております。
しかしながら、兼務地区の氏子さんから、「最近、家人が亡くなったり、良くない事が続くようなので、神棚の位置見てもらえませんか?」との依頼で伺って来ました。
 
二階建てのお宅で、一階の宅心あたりに、東向きにお祀りされており、特段の問題は無いと判断しましたが、その南隣のお部屋に家人の居間があるという事で、南向きにすることを先ずお勧めしました。
次に二階の状況をお聞きすると、しっかり生活空間となっており、上を歩く事もあると言いますので、宅心から部屋のの東隅に移す事を提案し、上をあまり歩き回る事の無いよう配慮しました。
位置はここで問題ないのですが、問題は神棚の高さです。
鴨居の上に板を敷いて設置しているお宅が多いと思いますし、こちらもそうでした。普段は年配のおばあちゃんが世話をされるとの事で、椅子かなんかに乗らないと、朝のお日供も出来ないようで(・・・実際されていなかった・・・)、そちらの方が神様に対して失礼に当たります。
神棚は出来れば目線から上の、手の届く位置にお祀りするのが理想です。手の届かない高さに神棚をお祀りしている家も多くあり、お供えを取り換えようとして踏み台や椅子から落ちて、怪我をしそうになった(または怪我をしてしまった)というお話も聞きます。タンスや棚の上でも構いません。白い布を敷いて、他のものは置かずに神棚をお祀りしては如何でしょうか?
伊勢の神具屋「宮忠」のHPにこんなのもあります。
 
近年の住宅には鴨居が無く、モダンデザインの神棚なんかを、壁に取り付けている家も多く見られます。折角鴨居が無いのに、高い所に設置されているお宅もあります。
神棚は家主の目線(概ね150cm)くらいに設けて、毎日のお世話のしやすいようにお祀りされます事をオススメいたします。

今思う事

$
0
0

このブログは2/6以来の更新。リンクさせているfacebookの方も2/11以来の更新です。

実は2/12にオフクロが亡くなりました。満85歳。まあ女性の平均寿命が87.05歳とかですので、少し急ぎすぎかな?
12/17日にデイサービスから帰ってきたおふくろが、顔が浮いていたし、デーサービスの方も一回お医者さんに診てもらったら?との事ですので、週明けの12/19に地元のかかりつけに伺いましたが、加賀市医療センターの紹介状を受けて精密検査に!
軽い肺水腫と心不全が見られて即入院!!(まあ、精密検査に言った時点で、ある程度入院の予測はつきましたが・・・。)入院してからは、食欲が無くなり、体調も優れなかったので、食事をあまりとらずにおり、年が明けて頃には点滴のみに頼るように・・・。それでも10日ほど前には、「そろそろお粥あたりから食事に戻しましょう!」と主治医も言っておりましたのに・・・。
2/11の夜に家族が呼ばれて、あっと言う間の2/12未明に・・・・・。
お世話になりました方々、ご会葬いただきました方々に厚く御礼申し上げます。

さて、既に2週間が過ぎまして、普段の生活に戻っておりますが、独り身ゆえに、家(神社)を空けると誰も居なくなるので、急なご参拝の方がいらっしゃった時とか、お守りを受けにいらっしゃった時とかにはご不便をかけております。

今日はお祓い等の予定も無かったので、「洋遊会」が主催する「雅楽の館」での「2017おひなまつりの雅楽」公演に出て参りました。



今年は酉年ですので、鳥にちなんだ楽曲でした。
「雅楽の館」は高岡市福岡町の旧家に雅楽関連の展示品が飾られており、時折演奏会も開催されます。
今日はお雛飾りとともに演奏会が開催されました。















あっ!
演奏中の画像はありません。・・・あしからず・・・

神社に帰った後も、後進を育てるべく、篳篥のN君と、笙のNさんと合奏の練習をしました。

最近自分として、この後の人生を考えておりますが、神社のご奉仕や護持運営はもちろんではありますが、一つには、雅楽の技量向上と、伝統的にきちんとした雅楽演奏の指導をしていかねばならないと思っています。
以前読んだ、元宮内庁楽長の安倍孝昌先生の書籍に、「民間の雅楽団体はいくつもあるけど、人前で披露するのはしっかりと練習を積んでからにして欲しい!そうじゃないと、『雅楽って何か変な音楽だね』とか『舞楽って、ロボットの体操みたいだね』と言われてしまう・・・」というような趣旨の言葉があったように思う。
まさに、その通りだと思う節もあるし、自分が指導された師匠からの教えは、しっかりと後進に伝えて行きたいと思い、ほぼボランティア同然で文化センター講師とかも引き受けているのである。

もう一つは・・・・・。
まず、この動画をご覧ください。




順に10まであります。40分くらいかかりますが、是非ご覧ください。

ここに登場する「熊野神社 宮田修宮司」さんとは、神道講演全国協議会の研修でご縁を頂いておりますが、元NHKのアナウンサーで、知る人ぞ知る、あの阪神大震災の模様を、発生直後から7時間にわたって一人で伝え続けた方であります。
まさに、このYoutubeに上げられている事は、異口同音に私の思うところでもあります。
私は今、神道講演全国協議会の幹事をさせて頂いておりますが、私ども神職は今、一千年を超える歴史の中で、綿々と伝えられてきたものを、後世にしっかりと伝えて行く使命を戴いているのであります。

神前ご奉仕と神社護持運営。
雅楽の後身への指導と普及。
我が国の素晴らしい伝統を後世に伝える講演活動。

これらを人生の中心に置いて歩んで行こうと思います。

倫理法人会

$
0
0

倫理法人会ってご存知ですか?
私は縁あって、1年半ほど前より加賀市倫理法人会に参加させて頂いております。

 

加賀市倫理法人会のモーニングセミナーは毎週火曜日の早朝6時から、加賀市大聖寺駅前のAPAホテル加賀大聖寺駅前で開催されておりますが、今月はナント山中温泉に会場を移動して開催されます。3月の4回のモーニングセミナー会場は、山中温泉の名勝鶴仙渓を眺める「河鹿荘ロイヤルホテル」。

 

・・・というわけで、3月7日の講師をお引受けする事となりました。

http://rinri-ishikawa.com/seminar/1703/kaga01.html

 

・・・と偉そうな事を言っておりますが、今までの出席率は???(恥ずかしくて言えないです・・・)

今月は皆勤せねば!

 

倫理法人会のモーニングセミナーは、どなたでも参加いただけます。
6時キッチリに始まり、7時キッチリに終わります。時間に余裕のある方はセミナー後の朝食交流会に\700でご参加下さい。特に河鹿荘ロイヤルホテルでは朝風呂も可です!
夜明けも早くなってきました。少し早起きして、是非ご参加下さい。

 

石川県神社総代会研修旅行の下見に行ってきました!

$
0
0

またまたしばらくぶりの更新となっていますが・・・・。

まあ、あまり気にしない事にしましょう(^^♪

 

4月10日から12日まで、タイトルの通り旅行の下見に行ってきました。

・・・えっ?旅行の下見???

そうなんです、これで4回目となります下見旅行!

 

石川県神社総代会では、毎年5月か6月に2泊3日で旅行をしています。対象は一般の方々ですが、県内各地の神社を通じての募集ツアーで、例年400名ほどを募集して。バス10台以上で開催しています。過去最高の参加者は、平成26年の出雲方面への旅行で、何と630名バス18台で行って参りました。

http://ameblo.jp/yama-hakusan/entry-11881025587.html

 

こんな大所帯での旅行ですので、入念な下見を行って、諸事間違いの無いよう進めねばなりません!

・・・と言うわけで、神社庁の研修部長を仰せつかっております私目(結構旅行には詳しいと自負しております!)が、旅行社やバス会社、神社庁の職員と共に下見をして参りました。

 

4/10の行程は、県内出発から岡山方面へ向かう旅です。

チェックポイントは、バスのトイレ休憩場所の確認から、昼食内容や食事場所の確認、観光見学地のバス駐車スペースからトイレの数、宿泊のホテル客室から宴会場、脱衣所や大浴場に至るまで、400名のツアーに適うものかチェックし、不具合にはしっかりと対応せねばなりません。

 

初日の昼食

昼食会場チェック

靴を脱がねばなりませんので、各自のビニール袋を用意させました!

昼食場所の駐車スペースですが、何とかバス12台は行けそうです!

 

初日は特別史跡旧閑谷学校

閑谷学校は江戸時代前期の寛文10年(1670)に岡山藩主池田光政によって創建された、現存する世界最古の庶民のための公立学校です。初めて閑谷の地に来観した池田光政は、「山水清閑、宜しく読書講学すべき地」と称賛、地方のリーダーを養成する学校の設立を決めたのです。この学校の永続を願う藩主の意を受けた家臣津田永忠は、約30年かけて、元禄14年(1701)に現在とほぼ同様の外観を持つ、堅固で壮麗な学校を完成させました。ホームページより

訪れた日は、近隣の新入社員研修が行われていました。

この日はもう一箇所行くのですが、予定している長船刀剣博物館は休館日でした。

 

閑谷学校も刀剣博物館も駐車スペースがやや狭く、うまく時間差をつけて訪れる事が出来るよう、旅行社に再検討を促しております。

 

この日の宿はダイヤモンド瀬戸内マリンホテル

http://www.marine-hotel.co.jp/

部屋の確認、宴会場の確認、お風呂の確認、食事内容の確認などゆっくり休んでも居られません。

ここは和室ですが、半分以上がツインルームとなります。

部屋割りは、県内の神社庁各支部に割り当てるのですが、グループ参加も多いのである程度の余裕が必要です。

和室は融通ききますが、洋室は難しくなりますね・・・。

朝食のバイキング会場ですが、席数が少ないので、バイキングをやめて宴会場でのセットされた朝食に変更しました。

お風呂の脱衣場ですが、脱衣箱が68と少なく、横のフリースペースに脱衣用の籠を準備頂き、脱衣場の混雑を解消出来ないかと相談しました。

食事内容です。

石川県の超えた舌も十分満足できる美味しいお料理でした。

 

4月11日の行程は、今回の旅行のメインとなる大山祇神社の正式参拝と宝物館の拝観、そして貸切フェリーによる瀬戸内遊覧です!

 

倉敷から今治まで高速道のしまなみ海道が開通して、便利になりましたが、フェリーなどの海路上の島の眺めも素晴らしいので、今回は400名を2班に分けて、往路を海路、復路を高速の班と、逆の班に分けて両方を楽しめる内容となっております。

 

先ずは大山祇神社へ向かいます。

拝殿は100名ほどが入れますので、200名をさらに半分に分けて、正式参拝から宝物館の組と、逆の組に分けます。

大山祇神社の宝物館には、何と国宝8点、国指定重要文化財469点が納められており、一見の価値ありの知られざるスポットです!

 

神社に隣接するせとうち茶屋が昼食場所となります。

 

更に四国方面に進み、村上水軍博物館にも立ち寄ります。

 

この日の宿は、鷲羽山のふもとの鷲羽山下電ホテルです。

・・・あれっ?瀬戸内遊覧は??・・・

 

そうなんですが、さすがに下見でカーフェリーの貸切は出来ないので、使用されるフェリーを確認する事に!

・・・しかしながら、フェリーが戻るのは午後4時5分に因島の重井港なので、その間に本土の発着に使う尾道新浜港の確認に。

更には時間が余っておりますので、当日のルートにはありませんが尾道ラーメンも食して参りました(^^♪

尾道駅前の「たに」です。

濃いめの魚系醤油出汁に大きめの背油が、固めの細麺によく合います!

 

美味しい時間調整も出来ましたので、フェリーの戻る重井港へ。

定員250名。バス6台搭載可能です。

こんな船貸し切るなんて贅沢ですねぇ・・・。

 

・・・で、宿の鷲羽山下電ホテルに!

昨日と同じように、部屋と宴会場、お風呂、朝食会場など確認した後は夕食のチェックです!

こちらもなかなか美味しいお料理でした。

 

翌朝早く目が覚めましたので、早朝ウォーキングに鷲羽山に登って参りました。宿からすぐです!

しまなみ海道から続く島々が素晴らしい眺めです。

 

4月12日の行程は、吉備津神社、吉備津彦神社の参拝と帰路の行程です。

吉備津彦神社です。

私の國學院大學神道学専攻科の同期の守分さんが宮司をされています。

吉備津神社です。

お社から下がる長~い廻廊が見事です。

 

最近は御朱印帳ブームで、多くの方が御朱印を集めておられますが、もちろんこの旅行の常連さんの中にも、御朱印帳お持ちの方が多くおられます。

今回参拝する三神社は、決して職員の多くないお社ですので、御朱印の対応が大変になります。・・・そこで、今回は三社とも予め紙に書いたものを準備して頂くという事にしております。

 

以上、下見旅行のほんの一部ですが、様々の想定をしながら一つ一つ確認して参りました。四〇〇名を率いる責務を背中に感じながらの旅行でしたので、結構疲れました。

 

昨日よりどうも風邪をこじらせているようで、今日の午前中にお医者さんに行ってお薬をもらってきて飲んでおります。

今日は兼務社の春祭二つと、神社での結婚式。

明日も兼務社の春祭と、本務神社の相殿の社のお祭り、さらにはお宮参りもお受けしております。

 

今日はもう寝て、明日に蓄えます!

では、おやすみなさい。

クラウドファンディングって

$
0
0

クラウドファンディングってご存知ですか?

 

クラウドファンディング英語:Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である[1][2]。ソーシャルファンディングとも呼ばれる[3]

Wikipedia

 

先日ご縁あって、クラウドファンディングに協力させて頂きました。

 

支援先は「MISTY」

http://profile.ameba.jp/88misty/

アメブロもやっている、加賀市出身のシンガーソングライター。

 

直接には、以前加賀市倫理法人会でお逢いし、そのお父上ともお知り合いになっただけの事でしたが・・・・・。

 

先日亡くなったオフクロの年賀状を入院中のオフクロの代わりに出して、オフクロに来た年賀状も病室に持って行こうと整理していた時に、MISTYやMISTYパパの名前がある年賀状を発見!
まだ少し元気のあったオフクロに聞いて、MISTYさんの、おばあちゃんが、オフクロの大聖寺女学校時代の仲の良い友達だったと判り、昨年まで毎年必ず食事会もしていて、趣味の無いオフクロの、唯一ともいえる楽しみだった仲間の会にいらっしゃったと判りました。

 

facebookにクラウドファンディングの要請があったのは、オフクロが亡くなったまさにその直後!

オフクロとず~っと仲良くして頂いたMISTYのおばあちゃん。何となく、繋がりを太く感じて・・・

オフクロの友達のお孫さんだし、「何か協力してあげて!」とオフクロの声が聞こえたような気がして、僅かの協力をさせて頂きました。

 

今日はその御礼に、既に出来上がっている3曲のサイン入りCDが送られて来て、順調に製作が進んでいる様子も、BlogやFacebookなどで拝見しています。

 

 

そうそう、MISTYさんとおばあちゃんは、わざわざオフクロの40日祭にも参列されて有難かったです。

頑張って欲しいものです!

早くも5月・・・・・

$
0
0

ついこの前まで寒かったと思っていたのですが、昨日は最高気温28℃の夏日!・・・今日は10℃以上下がるとか・・・

 

体調崩していませんか?

私、3週間ほど前に喉の風邪で、咳と痰に悩まされていて、今もスッキリしません!

・・・と、そんな中で小松市那谷町にある高野山真言宗別格本山の那谷寺で、開創1300年大祭の行事である「白山開山一千三百年神式大祭」のご奉仕をお手伝いして参りました。

http://www.natadera.com/festival/

 

那谷寺の山門前にはこの式年に合わせての先日4月9日。御柱二本が建てられて注連縄が下げられています。これはいわゆる鳥居を表しているようです。

 

境内周りのいたるところに、開創1300年の幟が立てられ、否応が無しにこの節目の年を盛り立てています。

 

金堂華王殿にお祀りされる十一面千手観音菩薩様の手からは、紅白の紐が伸ばされて、金堂正面に建てられた塔婆に繋がっており。この塔婆に触れますと、十一面千手観音菩薩様の御利益を頂けます。

 

画像はございませんが、白山開山一千三百年神式大祭は金堂二階の御内陣にて斎行されました。

今朝の新聞記事です。

斎主は白山本宮白山比咩神社の村山宮司さん。

白山比咩神社より祭員2名と舞女2名が参向し、那谷町ゆかりの神職社家である橋本宮司と私が御奉仕させて頂きました。

奏楽は礼楽研究会の6名にお願いして盛大に行われました。

 

私は典儀と言って、祭典中の司会進行を仰せつかり、式次第の進行役をさせて頂きました。

式には加賀藩前田家第18代御当主の前田利祐さまの御臨席も頂いており、1,300年の大きな節目の神事に緊張もしましたが、恙無くとり納める事が出来ました。

 

山下家は加賀市山中温泉白山町鎮座の白山神社を本務神社として、神職社家となっておりますが、これは三代前の祖父の時代からで、それまでは地域に神職は居らず、那谷町の神職社家の山本家が出向しておりました。

私の祖父が山中温泉の山下家に婿として来た事により、その当時山中温泉白山神社に出向奉仕していた兄「山本義一」より、神職拝命を進められて今に至っております。

ゆえに今回の那谷寺さんの神式大祭にお声掛けいただきました。

 

この大きな節目の年に神職をさせて頂いていたことに感謝いたします。

大失態・・・・・(・・;)

$
0
0

本日から白山神社春季例大祭期間となり、今日は神幸祭第一日祭のご奉仕を終えました。

神幸祭は御神輿と御神楽が町内に出向いて氏子宅のお祓いを行います。今日は氏子地区の半分の町内でご奉仕いたしました。明日は残り半分を廻ります!

私は御神輿について祈願の祝詞を奏上致します。

午後1時に神社を出発し、午後5時頃帰って参りましたが、今日の歩数は既に一万歩を超えておりました。

いやぁよく歩きました(^^♪

明日は今日以上に歩く距離があると思います!

 

私もやってるfacebookには、以前の今日のアップが自動的に表示される仕組みとなっております。

3年前の今日も神幸祭のご奉仕でした。

・・・・・

・・・・・えっ?

・・・・・

・・・・・あっ!

・・・・・あ、あ、あ、あ、あ、

ああああああああ!!!!

 

今朝拝殿の幕と提灯を下げるのを忘れておりました!!!

 

情けないですね・・・

まあ、諸事一人で1から10までをこなしておりますので、忘れる事もあろうかとは思いますが、こんな基本的な大失態を冒してしまうとは!!

 

明日朝早くに準備しま~す(^O^)/

 

では、寝ますか(-_-)zzz

山中温泉の菖蒲湯は長谷部神社のお祭りです!

$
0
0

ここ数日は素晴らしいお天気が続いており、今日は絶好のお掃除日和でした。

 

ご当地山中温泉はじめ、加賀の4温泉(山中、山代、片山津、粟津)では6月5日が菖蒲湯です!

全国的には5月5日の端午の節句の年中行事ですが、この辺りではひと月遅れの6月に行われます。

前日の6月4日には菖蒲湯祭として、湯に入れる菖蒲に祈願し、無病息災、健康長寿を祈ります。

 

山中温泉の菖蒲湯祭は、長谷部神社の春季例祭として行われています。長谷部神社のご祭神は「長谷部信連公」で、山中温泉の再興の祖として仰ぎ祀られております。

 

来週末の27日(土)には、該当氏子町内5町内の氏子さんにより、境内清掃が行われますが、こちらの境内は冬期間の落葉(杉、ケヤキ、榎木など)や落木が多い上に、この時期の常緑広葉樹(椎など)の落葉もあって、かなりの量になる上、境内が急斜面が多いので、こちらで前もって草刈りをし、落ち葉などをまとめておく必要があります!

 

一昨日の半日で、本殿拝殿周りを終えて、今日は朝から従兄と総代会顧問(この方89歳ですが、凄まじくお元気です!)に協力頂いて、境内の3分の2を終える事が出来ました。

 

草刈り機とエンジンブロワを駆使しての掃除ですので、隅々まで綺麗にできます(^^♪

こうやって寄せ集めておいて、町内の方の清掃日にはまとめて搬出します。

 

落葉の積もった地面から、地表の土や苔が見えるようになると、数匹の鳥が寄ってきて、土の中のミミズや表面に現れた新芽を啄んでるんでしょうか?

じっとしてると、直ぐ近くまで寄ってきます(^_-)-☆

 

さて、明日は一人で残りの3分の1の境内を済ませましょう(^^♪


笛も育つのです!

$
0
0

何となく笛の事を書いて見たくて・・・・・。

 

私は趣味で(・・・既に趣味の域を超えているが・・・)雅楽の笛を吹いています。

子供の頃から音楽は好きで、中学校、高校、大学と吹奏楽部で、サックスやファゴットを吹いてました。中高はコンクールに出場し良い成績を修める為に楽しみながらも努力してました。どっちも一番じゃないけど、常に上位成績を修められるブラスバンドでした。

大学では、コンクールには出場しないけど、定期演奏会などに向けて楽しみながら活動する部でしたが、指導者がプロのサックスプレーヤーだった事もあり、楽しく吹く事を覚え、飽き足らずにマーチングの楽しさをも覚えて、東京都大学吹奏楽連盟の合同演奏会には1年から4年まで出させてもらってました。

 

大学を出てからは、先ずは茨城県の笠間稲荷神社に奉職しましたが、民間の吹奏楽団体などの無い所でしたので、吹奏楽とは離れておりました。

変わりに、雅楽を始め(・・・と言っても、この頃はほぼ独学で、リズム感と音感の良さだけで吹いてました・・・)、上手くもなく、といっても決して下手ではなく龍笛を嗜んでおりました。

 

一年でこちらを退社し、白山神社の本宮である白山比咩神社に奉職。

白山比咩神社は雅楽やらないんですよね・・・。浪速神楽は龍笛を使いますので、器用に吹かせて頂いておりましたが、心の中には雅楽をやりたい心が常にありました。

白山比咩神社は北海道神宮との職員交換研修を行っており、入社2年目で10日間の北海道神宮研修に行かせて頂きました。北海道神宮は職員で雅楽も舞楽も奉仕してるんですね。すごーくうらやましかった。

金沢にも礼楽研究会っていうのがあって、雅楽をやるのですが、舞楽まではとてもとても・・・。一応幽霊メンバーで所属しておりましたが・・・。

 

白山比咩神社を退社して、実家の白山神社に戻ってから、神社本庁の雅楽講師養成研修に行くようになりました。年に一回ですが、宮内庁の先生方の指導を受けられる唯一の機会ですので、何があっても参加しておりました。

その時に安齋省吾先生に出逢って、「この先生は素晴らしい!何とか教わり続ける事は出来ないか?」と考えておりましたところ、お隣富山県の洋遊会にもご指導にお出でておられると聞き、40歳になってこの会に入会させて頂きました。

 

・・・あっ!

話が長くなってますね・・・・・(・・;)

 

安齋先生にご指導頂くようになって、長年の癖吹きを、かなりの時間と努力をかけて修正し、まだまだ先生のお眼鏡には敵いませんが、それらしい吹き方が出来るようになっております。

今吹いている笛は、十数年前に知人(今は故人となってしまいましたが・・・)から求めた、先代の八幡内匠の笛で、当初は癖吹きのせいもありましたが思ったように鳴ってくれませんでした。

癖吹きを克服した今、どんどん良い音が出るように管も成長しています。・・・・・って

そーなんですよ!龍笛も奏者によって響きが進化して行くのですよ!

先日、洋遊会の笛師「松岡氏」に蜜蝋の調整をして頂きましたが、これが今までに最高の仕上がりになっています。十数年吹き続けてきて、今が最高の状態に仕上がってます!

自分勝手な吹き方ではこうは仕上がらなかったでしょう。きちんとした奏法で管に響きを与える事で、管の鳴り具合はどんどん良くなってきました。もう若くもない歳ですので、力強い奏法にはやや限界を感じてきましたが、管のスッキリとした鳴りはまだまだ成長してます!

 

そうなんです、笛も育つのです!

・・・っていう事を話したかっただけですが・・・・・(笑)

 

私の笛たちです。

上段は「神楽笛」昭和14年のうちの神社の竣工に合わせて購入されたものと思います。御神楽や浦安の舞などに用います。

中段は「龍笛」私の龍笛の二代目ですが、ホント素晴らしく成長したものです。体調さえよければ、自分の思ったように鳴らす事が出来ます!いわゆる雅楽(管弦)や舞楽の唐楽に用います。

下段は「高麗笛」洋遊会の松岡氏の本業「新月乃笛」の作です!音程の取りづらい高麗笛ですが、松岡氏の素晴らしい業により、音程のしっかりした笛に仕上がってます!舞楽の高麗楽に用います。

 

これからもこれらの笛たちと共に上達して行かねばなりませんねぇ・・・。

 

東京からの来客

$
0
0

昨日は日曜日!
しかしお祓いの予約等は無く…御朱印3件応対のみ・・・・・。

午後には東京からの来客があり、河鹿荘ロイヤルホテルにお泊り頂きました。

・・・えっ?・・・誰かって?

・・・理由有ってお教えできませんが、直接は私の来客ではなく、私の友人の来客。・・・ひょんなことで、社務所をお貸しする事となり、昨晩の会食はご一緒させて頂きました。

山代温泉の割烹炉端ですが・・・・・。

美味しすぎて結構食べちゃってから画像に納めました・・・(笑)

このご来客と、私とこの友人の共通の友人の山代の神主さんから紹介いただきましたが、ココ!・・・とっても美味しいです(^O^)/

 

今日は朝から別の東京からのご来客にお会いしてました。

講談師の宝井琴柑さん!

6月10日(土)に「お江戸日本橋亭」で講談会があり、題材を「長谷部信連」石川県山中温泉の話としたようで、思い立ったが何とかでわざわざお越しになられました。
東京方面の方は是非行ってみて下さい!

最初は白山神社の社務所で、お話を伺っておりましたが、折角なので長谷部神社にも行く事にしました。

能年玲奈改め「のん」ちゃん似の、可愛らしい彼女と長谷部神社にて自撮りしてみました。

 

さて、今日は午前中は白山町納税組合の払い込みや、神社月末支払の銀行出金、長谷部神社菖蒲湯祭のポスター製作&掲示依頼などでバタバタしてました。

お昼には昨日の客人と友人とでアローレでランチ!

4月1日リニューアルの加賀カニごはん!

以下はホームページより引用

「加賀カニごはん」の定義・ルール

[英語表記]

KAGA CRAB GOHAN

[定義]

加賀市橋立漁港で水揚げされた貴重な香箱ガニ(雌のズワイガニ)を一杯(一匹)使った各店こだわりの「カニごはん」に、旬の野菜や魚を使った小鉢五品、味噌汁、献上加賀棒茶、デザート&コーヒーが付いた、加賀市ならではの上品なOMOTENASHIカニごはん膳。今回の料理のために地元作家が新たに作り下ろした山中漆器(お盆、汁茶碗)、九谷焼(小鉢皿一式、加賀棒茶敷き皿)に盛り付けているので、見た目も楽しんでいただけると思います。

[ルール]

正式名称は「加賀カニごはん」とする

英語表記は「KAGA CRAB GOHAN」とする

加賀市橋立漁港で水揚げされた貴重な香箱ガニ(雌のズワイガニ)を一杯(一匹)使用する

カニごはん膳の内容は火を使ったカニごはん、小鉢(五品)、味噌汁、献上加賀棒茶および

食後のデザート&コーヒー(紅茶)とする。作り下ろしの山中漆器(半月型のお盆)に盛る

カニごはんは香箱ガニと地場産のコシヒカリを使用し、カニはごはんと混ぜて食べるスタイルにする。火を使う。各店のカニごはんは、毎年改良する

小鉢は各店が創意工夫した以下の五皿とする

(地場産食材を使用する。料理内容は季節等に応じて自由に変えても良い)

 ☐ 和え物⇒季節の野菜を使用

 ☐ 揚げ物⇒旬の魚と季節の野菜を使用

 ☐ 酢の物⇒旬の魚と季節の野菜を使用

 ☐ 焼き物⇒季節の野菜を使用

 ☐ 香の物⇒季節の野菜を使用

作り下ろしの九谷焼に盛る

味噌汁は地場産の味噌、魚介類、野菜を使用する(料理内容は季節等に応じて自由に変えても良い)

作り下ろしの山中漆器(蓋付き茶碗)を使用する

献上加賀棒茶(冷茶)をつける

作り下ろしの九谷焼の上にグラスを置く

食後に各店こだわりのデザート(地場産の旬の果物や乳製品などを使用)と

コーヒー(紅茶)を提供する(デザートは季節等に応じて自由に変えても良い)

半月型の小盆で出す

協議会指定の箸袋を使用する

料金は2800円(税込)以下とする

香箱ガニの市場価格が年によって変動するので料金は毎年見直す

細かいルールがありますが、とっても美味しかったです!

・・・で、東京に帰られる客人を送ってから、神社社務所に戻ってNさんN君と私で雅楽練習!

今日の文化センターで合奏練習するためですが、疲れ切っていて30分で切り上げ、後輩の「たまや接骨院」へ行って、背中の張りを癒して頂きました。

・・・で、その足で北國新聞文化センター小松教室へ!

いや~ぁ疲れました・・・・・

 

では!

おやすみなさい

山中温泉菖蒲湯祭

$
0
0

6月5日は菖蒲湯です!

えっ?5月5日じゃないの?って声が聞こえてきそうですが、加賀四温泉(山中、山代、片山津、粟津)は6月4日に祈願をして5日まで!

お隣の芦原温泉も6月5日。能登の和倉温泉は6月4日。金沢の奥座敷湯涌温泉も6月3日4日。

北陸は雪が多いので、5月では菖蒲が充分に生育していない事があるのでしょう?

 

山中温泉の菖蒲湯祭の祈願は長谷部神社で行われます。

ご祭神の長谷部信連公は、山中温泉中興の祖として温泉を再興されました。平家物語にも逸話の残る、源平合戦の鍵の一つを握る武将であります。

 

本日は長谷部神社の準備を済ませ、明日11時の菖蒲湯祭に臨みます。15年ほど前より、関西に伝える浪速神楽の演目「湯立神楽」をご奉仕しております。・・・あっ!明日は早朝に笹束を作らねば!!

 

明日は早朝から、最後の段取りをします(^^♪

 

境内では地元の方々による模擬店で、焼鳥やビール、うどんなどがありますよ!

皆様ご参拝下さい。そして山中温泉の菖蒲湯にゆっくりつかって、開運招福家内安全無病息災でありますよう。

 

では!

おやすみなさい・・・。

湯立神楽

$
0
0

昨日の山中温泉長谷部神社の春季例祭「菖蒲湯祭」も、快晴の爽やかなお天気の下に無事終了いたしました。

お受け頂きました菖蒲は、家内安全無病息災のお守りとして、お受け頂いた各ご家庭の軒先に下げられている事と思います。


 

・・・?

 

そうです!

菖蒲湯祭ですが、菖蒲はお風呂に入れるよりも、玄関口に下げられて、家の守りとして用いられます。

・・・というのも、ここ山中温泉では昭和40年代頃までは各家のお風呂は無い家が多く、総湯「菊乃湯」という共同浴場で温泉に入る習慣がありました。

というわけで、菖蒲湯に入るのは総湯で、お祓いを受けた菖蒲は家の前に下げるのが習慣となっております。

 

さて、昨日の長谷部r神社の祭典では、年に一度の湯立神楽が奉納されます。

今朝の新聞記事になっておりましたので、画像拝借いたしました。

当地で行われる湯立神楽は、浪速神楽のもので、私が山中温泉に帰りましてから奉納を始めました。

前任の白山比咩神社では、毎日のご祈祷に浪速神楽が奉納されます。冨永流派の流れを組む、大阪の津守神社の今江宮司さんに年に一度お越し頂いてご指導頂いておりました。

私が山中に帰りましてから、今江先生にご相談させて頂き、数回の指導の後当地で行っております。

 

3年前の湯立神楽をYoutubeにアップしておりましたのでご覧ください。

上の記事の舞女は大変舞が上手で、近年毎年お願いしておりますが、Youtubeにアップしたものは、この子が来られなかった時のものです。笛は私、太鼓は元白山比咩神社の舞女OGにお願いしております。

 

https://www.youtube.com/watch?v=-YSM6FDEhQA

 

第38回石川県神社総代会研修旅行&おまけ

$
0
0

6/4の菖蒲湯祭も終え、5日には片付けも済ませてから早々に、6月6日から8日まで「第38回石川県神社総代会研修旅行」に、300名ほどの参加者と共に行って参りました。

 

私、石川県神社庁教化委員会の研修部長を仰せつかっており、この旅行の担当をしておりますので、4月に行程の下見に行っております!

http://ameblo.jp/yama-hakusan/entry-12265962379.html

 

本番の6日は快晴の石川県をスタートしましたが、お天気は下り坂・・・。

この日の見学は岡山県の旧閑谷学校から!

閑谷学校は江戸時代前期の寛文10年(1670)に岡山藩主池田光政によって創建された、現存する世界最古の庶民のための公立学校です。初めて閑谷の地に来観した池田光政は、「山水清閑、宜しく読書講学すべき地」と称賛、地方のリーダーを養成する学校の設立を決めたのです。この学校の永続を願う藩主の意を受けた家臣津田永忠は、約30年かけて、元禄14年(1701)に現在とほぼ同様の外観を持つ、堅固で壮麗な学校を完成させました。ホームページより

 

この後は長船刀剣博物館

http://www.city.setouchi.lg.jp/token/

下見の時は休館日でしたので中は見ておりませんが、300名で見学するにはチョット・・・・・。

ほぼ同時にバス8台が集結してしまいましたので・・・・・。

 

初日の宿泊は

ダイヤモンド瀬戸内マリンホテル

http://www.marine-hotel.co.jp/

一応温泉ですが・・・・・。

 

こんな感じで300名の大宴会でした(^O^)/

 

二日目は天気予報通りの雨・・・・・。

尾道港より大三島の井口港まで、なんとカーフェリーを貸し切っての瀬戸内遊覧ですが、小雨の中で雄大な島々の遠望は望めませんでした。

かすかな遠くにしまなみ海道の吊り橋が見えます。

 

・・・とそれよりも面白い光景に出合いました!

今回は貸切のフェリーですので、尾道新浜港というあまり使われない乗船場を使います。

下見の時には大型バスは居りませんでしたが、バス会社の同行者が乗船タラップの傾斜を気にしておりました。

・・・で、ご覧の通り車体の底ギリギリでした!

まあ、これを想定して、乗下船時には我々乗客はバスから降りて、車体を軽くしての対応でしたが・・・。

もう一つはこの画像!

・・・えっ?・・・これが何かって?

バスを乗船口に停めておいて、船を沈ませておき、後続のバスの乗船を助けているのです!!

 

そんなこんなで雨の大三島は大山祇神社に到着

神門と素晴らしい楠が迎えてくれます。

 

参拝と宝物館拝観の後は、近くのせとうち茶屋で昼食。

http://www.suigun.co.jp/setocya/index.html

 

2階の食事会場から我々のバスが見えます。

オレンジの1号車~4号車は北日本観光バスで、鳳至郡支部と金沢支部。

イエローグリーンの5号車~8号車は丸一観光バスで、加賀支部、七鹿支部、羽咋支部、輪島支部。

 

今回の旅行は参拝神社や見学施設の関係から大きく2隊で行動し、さらに2つに分けて80名程度でまとまって行動しました。

 

大山祇神社を後に、村上水軍博物館へ

http://www.city.imabari.ehime.jp/bunka/suigun/

 

もう少しで四国本土の今治ですが、我々は引き返して2日目の宿の鷲羽山下電ホテルへ!

http://shimoden.bonvoyage.co.jp/

 

・・・で、宴会です!

ビールは岡山づくりの一番搾り(^^♪

 

翌早朝に目の前の鷲羽山山頂に行ってきました。

ホテル前の階段を上って20分ほどで着きます。

瀬戸大橋が目の前に!

・・・しかし、遠望は望めませんでした・・・・・。

こっちは4月の下見の時のものです!

 

朝食の後は最後の目的地、吉備津彦神社、吉備津神社を参拝しました。

吉備津彦神社

吉備津神社

 

2泊3日で、結構な距離もある岡山、瀬戸内で、かなりの数の観光見学参拝地を廻って参りました。

少々スケジュールがタイトになった事は否めませんが、素晴らしい旅行であったと自負しております。

来年は新潟、山形方面とか・・・・・。

また良い旅行にしたいですね(^^♪

 

・・・で、オマケ・・・

オマケ1

今日の朝は、加賀市立橋立小学校の運動会に来賓として顔を出してきました。

 

オマケ2

午後は山中温泉地区の初老(前厄)の会の石畳の奉納奉告祭。

山中温泉地区では初老を大事な節目として多くの行事に参画します。

今日はその大事な一年のスタートの日です!

 

オマケ3

・・・で、そのお供え物の野菜に「サツマイモ」と「ブロッコリー」がありましたので、今夜のおかずは「サツマイモとブロッコリーとウインナーのコンソメマヨネーズ炒め!」

ブロッコリーの下ゆでの塩が少々多かった・・・。

コンソメの量が判らず、少々濃いめに・・・。

ご飯が進む一品でした!(笑)

 

オマケ4

今回の旅行の私個人の唯一のお土産です(^^♪

 

・・・えっ?

四国行ったっけ???

 

(笑)

 

Viewing all 296 articles
Browse latest View live